おいらは、やっぱり太陽語でしゃべりますがいな( 一一)。書くけどしゃべるのだ~(*´з`)
2015年04月08日
沖縄戦に思う

第二次世界大戦が終わり70年、沖縄返還後43年。
沖縄は今でも戦後は終わっていない、いや、我々も終わってはならない。
政府や国会議員の多くは、戦後は終わったと思っているように感じてしまいます
戦争の記憶がないのでしょうね・・・
自分は痛くなかったものね、自分の家族は悲惨な目に合わなかったものね・・・
「隣接する諸外国の問題があるから仕方がない、ことは急がないと・・・」でしょうか?
だから、戦争準備をするのでしょうか
自衛隊を軍隊と呼ぶ首相が、自衛隊を軍隊と化し、憲法を改正、軍事行動が出来るようにしたいのだろうとは思います
自衛隊に入隊しているあなたの家族は、戦争をしたいのでしょうか・・・
活躍する場をみたいのでしょうか
自分が、戦地に行って兵器を持ち、相手を殺すことが出来るのでしょうか
自分が、敵にやられないと思っているのでしょうか
腕や脚が機関銃や爆撃にあい、引きちぎられないと思っているのでしょうか
日本人は、平和ボケしているとしか思えません
自分だけは自分の家族だけは、そんな被害は受けないとでもおもっているのでしょうか
テレビゲームやスマフォのゲーム感覚で、戦争を考えているのではないでしょうか
手や足がちぎれ、顔が吹き飛んだら痛くて痛くてたまらないどころか、死んでしまうのに・・・
死んだら、家族とも会えない、愛する人とも会えないんです
今一度、考えてみたらどうでしょうか
今、考えないと、刻々と迫っています。近い将来に・・・
山本さん
田中さん
浦田さん
吉田さん
上村さん
どうでしょうか・・・・
沖縄戦では、死者が22万人以上で、日本人から殺害された人たちは1000人以上いたと言われています。
ひめゆり学徒隊の女学生らもそのうちの一人です。
25年以上も前、当時の勤め先で会社で沖縄旅行に行きました。
その時にひめゆりの塔近くの洞穴を見てきたのですが、そこの中に彼女らは隠れていて、それを米軍が火炎放射器等で焼き殺したそうです(だったかな?)
わずか10代で悲惨な死に方をして人生を終わってしまった彼女ら。
その旅行のときに同僚が仲間を移そうとしてシャッターを切ったのですが、その前を横切った別の同僚の側頭部に、当時の学徒隊と思われる女の子の顔が写っていました。
そのカメラは、その写真を写した後は、壊れて動かなくなったのです。
彼女は、自分たちがその地で魂が浮かばれていないことを、知ってもらいたかったのでしょうか・・・
沖縄辺野古の問題・・・・、戦後70年
もっと、もっと、我々国民も考え、思い起こし、意見を言わないと、いつの間にか戦争が始まるような気がします・・・
その時には、もう遅いのです・・・
村田さん
小山さん
横山さん
園田さん
平川さん
考えましょう
機関銃などの兵器から火の粉が吹いたら、もう戻れません・・・
戻りたくても戻れません。
太陽さんの記事 全く 同感です
胡屋の こどもの国 あたりでは まだまだ 人骨が沢山でるそうです
今が一生懸命なのも分かりますが・・・
穏やかな日本であって欲しいと願います。
人は自らの得意技に負けると、営業の本にありました。謙虚であらねばなりません。なんとかミックス、大丈夫?